さてさて!

さてさて!
Name : Katan
Birthday: 6th march
Hometown : Tokyo (Shinjuku) /Paris (18eme)
Personality: cheerful
Favourite saying : hey YOU! (TOI in french)
Favourite artists : Jui/ Satsuki
Person that you want to meet :nobody
Hobby : skate & guitar
Favorite food : my darling'food xD
Favorite drink : Vodka & SAKE =D
Brand of cigarettes: Mild seven
Favourite sport : Skate BMX
Favourite brand : Ethnies, Sex Pot, IDJapan
Favorite color : red
Country where you want to go : Come Back France NOW (T-T)
Animal to which you could compare yourself : Squirrel

[✖] Katan est [✖]
- Infernal
- Un leader ne
- Un écureil (o.O)
- Determine
- Fan de Rillakuma (T-T)v
- Un bouffon qui aime tripper sur toi
- Un mec normal quoi

Je n'accepte que les gens que je connais déja. Pas la peine de 'majouter ou de me demander de voter etc...bah ouais je te connais pas normal.

Retourné à Tokyo, ouais ca me manquer...

12012, 彩冷える, D, D'ERLANGER, ダウト, ギルガメッシュ, heidi., lynch., Mix Speaker's,Inc., Sadie , ヴィドール, ゾロ !!! Au C.C.Lemon donc voila. l'event que je vais PAS louper, et promo à faire au passage xD

T'es pas super belle, t'es juste super maquillée et retouché. Moi aussi je peux etre une nett star alors =D

P.S: Je suis un mec hein, pas une fille! pas une lesbienne, pas un tomboy, un mec point barre. Sur ce.

Goddess of pink's Slave
God of Red & Black

# Posté le mardi 21 juillet 2009 13:38

Modifié le mardi 03 novembre 2009 03:59

Funny SKIN

Funny SKIN
Désolé pour tout vceux que j'ai abandonné la semaine dernière à Paris mais j'en avais trop marre de l'ambiance .
Donc je m'excuse auprès d'Ayu, Zéro, Matsuo, Yoshi, Muchacha et les autres aller vous faire mettre quand on fou une merde on l'assume. Merci.

Donc je suis de retour à Tokyo et je ne compte pas revenir en France avant un moment, t'façon ma chérie devrait m'y rejoindre donc =P

J'ai fuis la France! è_é Avec une jupe et une peluche -ayu-

# Posté le lundi 02 octobre 2006 16:14

Modifié le mardi 27 octobre 2009 00:47

(▼-▼メ) : R&R 22

―今回の撮影にあたっては、砂月くんから「教会で撮りたい」という強い希望があったらしいですね。
僕 にとっては、教会って浄化を意味する場所っていうイメージなんですよ。身を清めて、気持ちをリセットする場所というか。祈るだけじゃなくて、懺悔して自分 の思いを吐きだす場所でもあるわけだし、この解散が決まった時期にこういう本でインタビューを受けるって、まさに自分の中にあるものを吐露するっていうに とだと思ったから、今撮るんなら教会だろうなっていうのがありました。
―と同時に、今年リエントールアンソイは「STIGMATA」 「UNENDING SANCTUARY」、そして最新ミニアルバム『MEGIDDO』と、いずれもキリスト教に関連したタイトルの作品を発表してきていますが、砂月くん自身 にとっても教会やキリスト教は身近なものなんですか?
いや、特にクリスチャンだとかそういうことではないです。 作品のタイトルにそういう言葉たちを使ってきたのは、表現をするうえでの象徴としてですから。ただ、ふと思い立ったときに立ち寄って、懺悔したり、なにか を吐きだしたりできる場所があるっていうのはいいですよね。キリスト教信者の人たちだけじゃなく、ほかの人にもそういう場があったらいいのになぁ。
―とはいえ、砂月くんの場合はこれきで詞を書き、歌うことで、自分の思いを吐きだしてきていますよね。
ああ、たしかに。
―砂月くんが、それらのことをはじめたのはいつからだったんですか?
遅かったですよ、僕の場合。学生時代の後半からはぎめて、表に出るようになったのもリエントールアンソイからでした。だけど、文字をとりとめもなく書き留めるっていうことにかぎって言えば、それよりも時からしてたみたいです。
―みたいですって、自分のことなのに他人事みたいですよ。本当に、自分ではすっかり忘れてたんですよ。でも、最近に
なって見つかったんです。当時、いろいろと書き留めてた学生時代のノートやスケッチブックが。
―たいていの場合、そういうものはあとから見ると気恥ずかしい思いをすることも多ですが(笑)。
ああ、それはなかったです。むしろ、いいこと書いてろなあって感心したくらい(笑)。内容的には、詞とというか散文に近い
ものなんですけど、「こんなこと考えてたんだ」って自己発見できる点も多かったですね。この、リエントール アン ソイ が解
散するっていうタイミングでこういうものが見つかるっていうのも、なにかのめぐりあわせなのかな?って思いました。
―リエントール アン ソイというバンド名は、仏語で自己回帰という意味ですものね。
まさに、それ見てたら自己回帰させられましたよ。結局、解散が決まってから身辺整現じゃないですけど,いろいろすっき
りさせようかなと思って部屋を片づけてたら、それが出てきたんですよね。また、これが中には今につながることもちゃんと
書いてるし。リエントール アン ソイには「太陽の届かない場所」っていう曲があるんですけど、それを彷彿とさせる″僕の心
理は海の底のようだ″っていう言葉が並んでたり。
―発表するあてもなく、そういうものを普段から書き留めていたということは、砂月くんは本当に書くことが当時から好き
だったんでしょう。
うん、書くことはすごく好きでした。今回、授業用のノートの端っこにも走り書きでなにか書いてあるのも見つかったし、
どんなときでもちょっとでも思いついたら、あたりにあるものにいろいろ書いてたみたいです。
―裏を帰すと、授業にはあまり身が入っていなかったとか?
それが、授業は授業でちゃんと聞いてたんですよ。
―そうでした。砂月くんは、たしか優等生だったんでしたね。
そうなんですよ。勉強はすごいちゃんとやってました。イヤイヤだけど、しなくちゃいけないもんなんだってわりきって。
―だとすると、「優等生砂月」は、その後どんな過程を経て「リエントール アン ソイ砂月」へ変身していったんでしょう?
やっぱり、ノートの端の走り書きとかではなく、人前でメッセージを放つっていうことに惹かれたのが、最大のきっかけだ
ったでしょうね。それには、歌っていう手段がいいだろうって考えたんですよ。
―人前に立つことは、幼少のころから得意でした?
かなり。学芸会で孫悟空(『西遊記』)をやるんなら、俺は「孫悟空じゃなきヤだ!」っていうタイプでしたから(笑)。だから、
バンドやるってなったら、絶対フロントに立つボーカル以外、考えられませんでした。
―砂月くんはその後アマチュアの域を脱し、リエントール アン ソイ のフロントマンとして、7年前にシーンヘと足を踏み入
れました。それ以前とそれ以後で、砂月くんの中で歌に以する姿勢、概念が変化したところはなかったです?
そ こは今にいたってもずっと変わらないでいよう、って思ってるとろです。リエントール アン ソイのフロントマンである以上、大事なのは自己回帰っていうテーマであって、リエントール アン ソイの砂月には表現しなくちゃいけない世界がまずあるんですよ。 だから、僕はいくらチケット代をもらってるとはいっても、単にお客さんたちの希望に沿うことをしようとは思わないんです。もちろん、みんなの気持ちに応え たいっていう気持ちもまったくわけじゃないですよ。それは踏まえたとしても、ヘンに媚びたりはしたくないんです。
―バンドでビッグになってやろう的な発想は、まったくなかったんですか?
売れてやりたい的なことですか? ああ、そういうのはなかったです。そこに関しては、逆に今のほうがあるかも(笑)。
―飾らない発言、ありがとうございます。(笑)
そこは、主観的にというよりは、客観的に見てっていう話なんですけどね。表現すべきことを表現して、良いものを作れて
るっていう自信があるからこそ、もっと!って思ったりもするわけで。でも、今となってはそこに対してもすべて納得はいっ
てるんです。リエントール アン ソイではその時々でやりたいことを全力でできたって言いきれるし、売れるために実はイヤ
なことも無い理にしてました、とかとかもなかったし(笑)。
―そういう意味での器用さは、砂月くんを筆頭にメンバー全て員が持ちあわせていないバンドですからね(苦笑)。
嘘はつけないんですね、俺もみんなも(笑)。でも、だからこそ僕にとってリエントール アン ソイは、バンド名通りに自己回帰をしてくための必要な場所でした。なんで音楽をやってるのか、なんで歌うのか......それを常に考えさせられる場所でしたもん。
―そもそも、リエントール アン ソイを立ち上げた際、砂月くんが ″自己回帰″をバンドの命題として掲げたのは、いったい
なぜだったんですか?
......やりたいことがなかったから、かな。なにをどうしたらいいかわからなくて、葛藤してたからですね。
―バンドを立ち上げる=それが「やりたいこと」だったのではないんですか?
それはまあ、そうなんですよ。でも、それ以外にやりたいことがなかったんです。このバンドって、学生のときにはじめた
わけじゃないですか。そうすると、俺的には当時ってまだ卒業=就職しなきゃいけないって考えてたとこがあったから、そ
うなると「なにすればいいんだろう?」ってなっちゃって。
―当時の砂月くんが、仕事の選択肢として考えていたものにはどんな職種が?
親 からずっと言われてたのは医者になれってことだったけど、俺自身は文系に行きましたしね。そのころだと、学校の先生か予備校の先生だったと思います。もの を書くことの延長線で、現国が持に得意だったから、それを教えるっていうのはアリかなってちょっと思ってました。リエントール アン ソイをはじめてからもしばらくは、選択肢は捨ててなかったですよ(笑)。
―しかし、結果的に砂月くんはリエントール アン ソイでの話動を通して、自己回帰していくことで自分には音楽の道しかない、というふうになったわけですよね?
はい、そうです。
―語を聞いていると、砂月くんのところは家庭環境的に、も教育やしつけには厳しかったようではないですか。そんな中で、
「教育者ではなくバンドマンになります」という話は、ちゃんとすぐに理解してもらえました?
はい、そこは話をして説得しましたよ。そしたら、なんとかわかってくれたみたいですね。それ説得は、いるいる話もして
ますよ。この間は解散の話もしたし。
―そのとき、あちらはなんと?
普通に「そうか。だったら早く就職しなさい」って言ってましたね(笑)。
―あら。いまだにその答えが返ってくるとは(苦笑)。
さすがにもうイイだろう?って思いましたけどね。仕方ないから、「もうちょっと時間をください」って言いました(苦笑)。
―そこのところは、親子関係はあまり変わっていないようですねえ。
でも、ずいぶん良くなったと思いますよ。この間なんかは 『MEGIDDO』が出たあと、オヤジら「めてむさいこしす、いいきょくやな」って全部ひらがなのメールが来ましたから。いつの間に聴いてたんだ!?って驚きました(笑)。
―『MEGIDDO』といえば、砂月くんは、その作品をもっ てリエントール アン ソイとしての自己回帰は完結した、と各方面で語っていますよね。
してますね。
―そんな今の砂月くんから見て、自己回帰というテーマを自らに課したころの自分はどう見えます?
きっと、大人になりたくなかったんじゃないかと思いますね。時が過ぎれば、やがて人は大人になってしまう。おそらく、その流れに
逆らいたいっていう気持ちもあったのかも。
―自己回帰というテーマを表現してきた中で、ことあるごとに「時」という言葉が便われてきていたのはそのためですか?
そういうことです。とにかく、後悔したくなかったんですよ。一署になってロックだバンドだって騒いでたヤツらは、気がついたら頭を
整え、リクルートスーツを着て、ちゃんと就職していきましたけど。俺はそういう流れに乗っかるんじゃなくて、自分の存在を作品
という形で表わして、それを世に残したかったんです。
―では、核心んに迫っていきましょうか。ここまで紆余曲折はあったにせよ、結果としてリエントール アン ソイは自己回帰を
完結させ、そのうえで12月25日のライブをもって解散すること表明しました。これはつまり、なるべくしてなった結果ですか?
自己回帰っていうものが完了した今、この解散は必然です。『MEGIDDO』の最後に入ってる「METEMPSYCHOSIS」で自分の中での永遠は作りだせたと思ったので。たとえば、10年後でも20年後でも、このアルバムを聴き返したら、
鮮明に当時のことが 甦ってくると思うんですね。そして、きっとその瞬間は自分にとって永遠のものなんですよ。僕が自己回
帰を続けながらさがしてきたものは、見つかったっていうことです。だから、この物語は終わりにすることにしました。
―しかし、この結論にいたるまでには多くの葛藤があったことも事実ですよね。実際、その様子は『MEGIDDO』のほか
の曲の中にもにじみでていますし。
ああ、そうですね。それは本当にそうです。葛藤も未練も感じてたのは事実だし、それは詞の内容にも反映されてます。
―くどいかもしれませんが、もうー度聞きます。そうまでして作り上げた永遠を、ここで手放してしまっていいんですか?
というより、永遠を感じられるほど最高のもができたからこそ、こうするしかないんです。それに、今までだっていろん
なことはありましたから。5人それぞれが真剣にやってるからこそ、常にどこかで解散っていう言葉は隣りあわせだったし、
場合によっては誰かが脱退するとか、メンバーチェンジっていう可能性だってないわけじゃなかったんですよ。
―要するに、なあなあでやってきてはいなかったということですよね。
ええ。ときには「もっと売りたいんだったら、俺じゃない人間がやったほうが......」って考えるメンバーが出てきたことも、
時あったし。でも、それでもとにかく俺は常にリエントールアン ソイとして最高のもの、この5人での最高のものっていう
のを目指してました。それがここでできてしまったっていうことは、あとはもうそれの維持しかないですね。そうなると、
最高を目指して、より良いものを!って追求してきたこれまでを、ある意味否定することになっちゃうじゃないですか。
―攻めの姿勢から、守りの姿勢に変わってしまうことを避けたかったと。
やっぱり、表現者である以上は常に新しいことに挑戦していきたいですからね。ここまで『MEGIDDO』ですべてが完結したとは言ってますけど、実を言うと僕の中ではすでに今年3月に「STIGMATA」を出した時点で、「これだ」って思ってたんですよ。
過去最高の勝負曲じゃないですけど、そのくらいの思い入れと自信を持って出したものだったわけです。そこでの評価とかもいろいろ考えると......ね。
―評価ですか。楽曲クオリティ的に言えば、「STIGMATA」はたしかに過去最高の内容を誇るシングルだったと思います。
けれど、メンバー側としては「にもかかわらず、マーケット上では納得のいく結果が得られなかった」と感じていたわけですね?
もちろん、それもありましたよ。いろんな意味で、あの「STIGMATA」はリエントール アン ソイにとって分岐点となる曲だったってことですね。そして、『MEGIDDO』はそこで感じたものを、自ら確認したくて作ったアルバムでした。
―まだ最終的な解散はしていませんが、リエントール アンソイとは砂月くんにとってなんだったと思います?
自己回帰っていうだけあって、いろんなことに気づかせてもらえた場所でしたね。自分の中の、欠けてたものがなにかっていうの
もわかったし。バンドっておもしろいもんで、5人いるとちゃんと補いあうんですよ。
―リエントール アン ソイは、そのあたりのバランスが良いバンドでもありました。
それぞれ、やけに突出してるとこ、どういうわけか欠けてるとこってありますからね。(笑)。あとは、もともとは自分には備わってなかったんだけど、必要だしほかのみんなも持ってないからっていうんで、自分の中で意識して作ったチャンネルって
いうのもありましたもん。
―それは、どんな部分ですか?
リ エントール アン ソイをはじめる前より、僕は間違いなく社交的になりました。僕も、できればあんまり人から話しかけられるのとか好きではないんですよ。でも、ウチはほかが 俺以上にみんな無口なんで(苦笑)。対バンの楽屋で、無理やりテンション上げて人としゃべったり、そいうチャンネルはこのバンドにいることで開拓されまし た。
―ちょっとした社会性が良についたのも、ひとつの収穫だったわけですね(笑)。
たまに、リエントール アン ソイはじめる前とか、はじめてすぐぐらいに会ったきり、しばらく会ってなかった人と話すと、
ものすごい驚かれますよ。(笑)。ずいぶん明るくなったねとか、丸くなったねって言われます。
―それでも、このバンドに関しては砂月くん含め、全員に欠けていたものがひとつありますよね。それは、私からすると「いい加減さ」だと思うんです。
それは、ほかの人からも言われたことあります。自覚も、実際ありますしね。
―何事に対して生真面目ですからね。それに、少しでもいい加減さを持っていれば、今回の解散という結果にはいたらな
かったのではないかと......つい思ってしまいます。
どうなんでしょうね。仮定の話は考えたことがないから、よくわからないですけど。
―だいたい、ここまでの経緯も生真面目さゆえのものだった気がするんですよ。というのは、「STIGMATA」以前に関
しては人によって見方解釈ってかなり異なると思うんです。
それって、どういう意味でです?
―アルバムでいうと、特に『RENTRER EN SOI』から『TH、E BOTTOM OF THE CHAOS』にかけての期間になりますか。
音楽的には、橇々な挑戦が繰り返されていたとも言えますが、人によっては「リエントール アン ソイって、なんか迷走してない?」と見えたケースもあると思うんですよ。
それは、現実に言われたことがあります。でも、そこは俺の中では全っ然そんなことなかったんですよ!
―コアファンの方や、身近な人たちは、ちゃんとそこをわかっていたでしょうけどね。
ええ。俺からすると、あれは全部必要のあったことですから。今振り近って、なおさらそう思います。それまで繊細すぎると
こ ろのあった僕にとって、『THE BOTTOM~』で強さを求めたことは、自分に力をつけてくれましたからね。光と闇が対になってるように、繊細なものと強いもの、それを両方とも自分のも のにすることで、僕はリエントール アン ソイの世界を完成させることができたんです。
―光と闇ですか。11月に出たべストアルバム『AIN SOPH AUR』が「SIDE OF MICHAEL」と「SIDE OF SATAN」に分かれてたのも、うなずける話です。
って思ってもらえます?
―ちなみに、今作には各サイドに未発表曲「月が舞い降りる事のない大地」と、新曲「STAY GOLD」が入っています。
これについても話を聞かせてください。
ま ず、「SIDE OF SATAN」に入ってる「月が舞い降りる事のない大地」は、『THE BOTTOM~』の時期に作ってた曲でした。ただ、曲調的な面であのアルバムに入れると浮いてしまいそうだったんで、これまでストックしてあったんです よ。それをここに入れました。あと、この曲に関してはべストの中での曲順的にもこだわってて、「太陽の届かない場所」と対になってる曲だから、2曲を並べ て入れてあります。
―そういうことでしたか、なるほど。最後に″「歌が月となって闇を照らすといいな」″という一節がありますけれども、これは砂月くん自身の願いですか?
それ、気づきましたか(笑)。そのくだりは、僕が砂月と名乗るようになった由来も含んですよ。
―リエントール アン ソイをはじめた当初から、砂月くんは明確な願いを持っていたんですね。
自 分自身が昔いろいろつらかったときに人の音楽を聴くことで、励まされてましたからね。だからこそ、自分が表現する立場になったら、聴いてる人たちの心を照 らせるような存在になりたいって、そう思ってたんです。月って、闇を照らす存在じゃないですか。自分はそうありたいって思いで砂月ってつけたんです。
―わかりまっした。そして「SIDE OF MICHAEL」収録の「STAY GOLD」。こちらは新曲ということですが、言うなればヒネリなしのド直求な曲ですね。
率直で、そしてすごい前向きな歌ですよね(笑)。自分でも思いますけど、『THE BOTTOM~』みたいに暗くて怒りの感情にあふれたアルバムを作ってた人間と、同じ人間がコレを作ってるって不思議じゃないです(苦笑)?
―渾沌の底で毒を吐いていた砂月くんが、陽光 の下で 感謝の言葉を歌えるようになったというのは、感慨深いことです。
こ れは、もう解散が決まって『MEGIDDO』を録り終えてから、改めて作った曲でしたね。位置的には、自己回帰っていう物語の″あとがき″のようなものに あたるのかな。今まで好きでいてくれて、ありがとう!っていう気持ちを、自分にできる最大限の形で1曲に仕上げました。
―ここに「STAY GOLD」というタイトルをつけたのも、砂月くんがリエントール アン ソイの中で過ごした日々を、輝けるものだったと認識しているからなんですよね。
そ う、ですね。光は何時からこの胸の中で″って書いたあたりいも、僕の思いは出てます。聴いてくれる人たちを照らしたい、光をさがし求めたいっていうところ からはじまって、一時は闇だの絶望だのって言ってた時期もあったけど、そういうときにもそばに聴いてくれる人たちがいたっていう時点で、もうきっと自分の 中に光はあったんですよね、たしかに。
―それに、改めて気づいたと。
はい。俺は苦しい、悩んでる、こんな世界は腐ってる、俺は絶望しか感じない!とかって言ってた俺のことを、それでも受け入れてくれる人たちがいた、っていうのは自分にとってどういうことだったのか......。本当の意味で、そこに今やっと気づけました。
―この変わりようだけを見ると触れ幅が大きいですが、それでいて『THE BOTTOM~』を作っていた時期って、実はそんなに昔ではありませんよね?
去年、のことですからね。1年でこんなに人って変わるのか、って(苦笑)。別に、俺が特別に気分屋だとかそういうことじゃなく、理由があってここまで変われたっていうことが、自分にとってはすべてです。
―ところで、この「STAY GOLD」では、最後のほうで″未来に進めるから″という表現も出てきますよね。この部分についても、少しうかがっていいですか?
あー、そこ聞きます?
―いよいよ、12月25日の渋谷クアトロで″THE WAR OFMEGIDDO~″自己回帰最後渋谷~″が終わると、そこでバンドは本当に解散ですからね。その先の未来について、砂月くんはどう考えているのでしょう?
解散が決まったときには、いろいろ考えたんですけどね。でも、今は正直なことを言ってなにも考えてないです。
―どうやら、そうらしいですね。マネージヤーに聞いても、砂月くんはもちろん、ほかのメンバーも次に向けての動きを取
っていそうな人は、いなさそうだと言っていました。
ああ、そうなんだ。でも、そうでしょうね。メンバーとそういう話ってまったくしたことないんだけど、今はまだ俺にしてもここから全力でリエントール アン ソイを終わらせないとっていう気持ちが大きいから。
―全力で終わらせないと、って良い言葉ですね。
解散も決まったし、あとはそのライブが来るまで消化試合的な感覚は、ほんっとに皆無なんですよ。最後になにしてやろう
って、今はそればっかり考えてる(笑)。
―そんな砂月くんに、未来の話を聞くのはヤボでしたかね。
でもまあ、リエントール アン ソイとしての物語は終わったとしても、今後も表現者でいることはやめないと思いますよ。
―その一言が聞けて、良かったです。お父さんの進言もあったようですから、予備校の先生に転身します!的なことではな
くて良かったですよ。
今からは、さすがにムリじゃないです?まあ、昔よく古文のマドンナ先生!みたいな人もいたから、現代文の名物先生とかになるのも、もしかしたらおもしろいかもしれないけど。
―どうですか。現代国語のエキスバートで、あだ名はマドンナ先生に対抗して、現国王子とか(笑)。
やったらやったで、絶対へタな先生よりおもしろい授業やれる自信はありますけどね。
―フロンドマンとしての牽引力を、授業に活用するなんてずろいですよ~。
って、本当にそっちに進んじゃったらどうしよう(笑)。いや、でもそれはないですよ。それがどんな形になるかは別として、やっぱり表現者でいたいです。どんなことをするかとかは、まだ自分でもまったくわからないですけどね。
―その際、名前に関してはどうするつもりでいます?もともと、砂月という名はリエントール アン ソイと密接な関係を持ったものとして、生まれたわけですよね。
そうです。だけど......このあとその名前を名乗ってくかどうかは、これも今の時点ではなにも考えてないです。
―いずれにしても、.現時点でまだなにも考えていない、なにも決まっていない、ということは、逆に言えば、未来に向けた
可能性は無限大である、とも言えそうですね。
今の僕から言えるのは、表現は続けていくっていうことだけです。それが歌なのか、そうではないのか。そこも含めて、今
はまだなんとも言えないです。この間は、舞台もやりましたしね(夏に劇団FEELD STAGEの舞台『代々木 公園~青春
のオアシス~』に高校生の勉(tsutomu)役として出演)。
―初めての俳優経験は、砂月くんにとってどんなものになりましたか?
楽しかったですよ。それに、勉強にもなりました。そういうことも、また機会があればやってみたいですよね。
―あの話は、そもそも先方からオファーが来たとのことでしたけど、砂月くんとしては最初から乗り気だったんですか?
ですね。その前にも、話はもらったことあったんですけど、そのときはスケジュール的な面でできなかったんで、次にまた
そういう機会があったら、絶対やりたいなって思ってました。
―さすが、孫悟空で主役をぶんどった人だけあります(笑)。
そんな、あはは(笑)。
―舞台は私も見せてもらいましたが、あれにはちょっと.驚きましたよ。リエントール アン ソイの砂月としてではなく、あ
くまでもいち役者として勉を演じきっていましたよね。
ちゃうんです。「おいキミ!左2歩動いて! キミがズレるとこっちが間違ってるってことになるだろ!」って。そんなこと
今まで言われたことないから、最初は「えっ?」ってなっちゃいましたよ(苦笑)。
―普段は、自分の動きに合わせてピンを当ててもらっている立場ですものね。
そう、勝手がまったく違うんですよ。
―まあ、演劇だと舞台セットやほかの出演者との立ち位置の兼ねあいもあって、そこがシビアなんでしょうね。
こういう世界もあるんだなあ、っていう発見がありますよね。だから俺、毎日ちゃんと掃除もしてましたよ。開演前には客席
にも掃除機かけて、帰るときはまたもう一席掃除して、来たとき以上にきれいにしてくっていうふうに。
―寺子屋にでも通っているのか、という雰囲気です(笑)。
本当ですよね。(笑)。でも、こういう気持ちや姿勢って、なくしちゃいけないんだなぁって思いました。
―本当に、いい勉強ができたようですね。
はい。だから、またいい機会があればやってみたいですよ。でも、それよりやっぱり俺は歌を歌ってたいですね。
―ただし、今席のライブで自己回帰というテーマで歌うのは最後になるわけじゃないでか。となると、当然それ以降は砂
月くんが歌を歌っていくことの意味も変化するわけですよね?
自己回帰が終われば、そのために歌うことはなくなりますよ。
―では、それ以降の砂月くんはなんのために、どんな歌を歌っていくことになるのでしょう?
......心に残るようなメロディを歌いたいです。僕にとって、これまで歌は自分の思いを吐きだすための手段みたいなもので
したけど、ここにきて思いとか詞とか関係なしに、純粋にいいメロディを歌ってみたいっていう欲も出てきたんですよ。
―その、「心に残る」という言葉は、補足すれば、「聴いた人の心に残るような」という意味を含むわけですよね。
はい、そういうことだと思います。
―自己回帰と称し、自分のために歌っていた砂月くんが、今度は人のために歌いたいと思っている。これは大きな変化です。
でも、これはまだ予感じですよ?はっきりしたことはなにも言えないけど、そういう歌に興味があるなあっていうことです。
たとえばですよ?あくまでもたとえばだけど、曲も詞も、自分とは別の人が書いたものを歌うとか。そういうことも、やっ
てみたい気持ちはありますね。
―その発言は、やや意外です。書くことにこだわってきた砂月くんが、歌だけに専念してみたいだなんて。
そこも、ある意味やりつくした感があるんですよ。だからって今後書かないっていうわけでは全然ないけど、「STIGMA
TA」とか、『MEGIDDO』にいたるまでに、詞の面でもさんざん苦労しましたからねぇ。試みとしては、そういうのもな
いわけじゃないかなと......って、なんかこんなこと言ってると、すでに売結したみたいな雰囲気になっちゃいますね。違うんで
すよ、まだ終わってないですからね。僕には、まだやるとが残ってるんですから!
―そうでした。12月25日″THE WAR OF MEGIDDO~自己回帰 最後章~″を最高のライブにしなくてはいけないんでしたね。
今回、『MEGIDDO』のあとおにべストも出したじゃないですか。考えたら、ものすごい曲数あるんですよ。これを、どうやってライブで構成してこうかっていうのを考えるのが大変で。
―ライブタイトルがライブタイトルだけに、最後的にはちゃんと″快着″をつけたいところでしょうし。
そうなんですよ、本当に(苦笑)。やりたい曲はいっぱいあるし、べストに入らなかった曲でもやりたいのはあるし、どう闘
ってこうか今から悩んでます。
―どんなライブになるんでしょうね。
この5人でしか作れない、リエントール アン ソイの世界を最後に完全形で完成させたいです。あとね、これも言っとかな
きゃな。俺たち、解散はしますけど別に仲はいいですからね。そこは、今度見に来る人たちにも知っててほしいところです。
―もしかして、中には誤解している人が?
いるんですよ。「自己回帰じが売結したとか、建前ですよね」みたいな手紙送ってくる人とか(苦笑)。でも、それは絶対ないで
すから。惰性で続けようと思えばいくらでも続けられるくらい、仲なんて普通にいいんですよ。
―以前ほかでやった解散決定後の全員インタビューも、実になごやかえ、いたって普段通りの雰囲気でしたよね。
本当に、そこはな~んにもです。だから、リエントール アン ソイが終わってもマンバーとの関係自体は、全然変わんな
いだろうし。「解散しても、またゴハンは食べにいくからね!」って今からみんな言ってるし(笑)。
―人間関係がすさんでいると、それが音にも表れてしまいますしね。リエントール アン ソイはそういうものとは無縁な形
で、良いライブで最後を締めくくつてください。
俺も含めて、まだみんなちゃんと実感がわいてないっていうのもあるんですよね。終わったときに、初めて見えてくるもの
もあるはずだろうし。とにかく今は、リエントール アン ソイを終わらせることに全力をかけたいです。そして、12月25日の
渋谷クアトロでは......来てくれた人たち全員の脳裏に、永遠を深く刻みつけます。
(▼-▼メ) : R&R 22

# Posté le dimanche 09 avril 2006 06:18

Modifié le jeudi 29 octobre 2009 22:51